本来無一物、無一物中無尽蔵

日々是好日

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2010年11月25日木曜日

銀河鉄道のバス

乗ってみたいです。

東村山市、小平市、小金井市で運行しているらしいです。
(見かけたことがないなぁ。。)

バス好きの社長を紹介する記事を読んで乗りたくなりました。
なぜ、小さな会社が大手に交じってコンペに選ばれたのか。
「バス好きな社長がやるんだから、いいかげんな仕事はしないだろう」と考えられたそうです。

給料も少なく、休日も働きづめ。
それでも、喜びが多い人生だといえるそうです。
好きなバスの仕事で人様の役に立っている実感があるから。

すごいなぁ。。。

CS 顧客満足

サービスの心 とは、。。。なんでしょうか。

と、その前に。
生きて行くためには何かとお金がいるものです。
それは給料または儲けから出てくるものと思います。
給料も会社の儲けと言えるでしょう。
儲けは商品と交換に頂いたお金から経費を引いたものでしょう。
お金の出処は、何か商品を作り、それを買って頂いて発生している、となります。

私の場合、商品を作るのが仕事となります。
また一人の人間としても、生きて行くために会社に行って仕事をして給料を頂かなくてはいけません。
何かと必要なお金のために。

商品を作るのが仕事、といってもそんなに単純なものではないと思っています。
さて、サービスの心 です。

誰にでも分かりやすい「5S」を徹底することはとてもいいことだと思います。
私も精進したいと思います。
整理・整頓・清掃・清潔・接遇。。。えっ?躾じゃないの?

職場を常に綺麗にします。
ついでに、たまには販売の現場へも足を運び、綺麗に協力します。
「ここだけ綺麗にする」なんて器用なことは苦手なので、自宅も綺麗を心がけて習慣化できればいいですね。
いや、自分だけの自宅を綺麗にする方が簡単で、大勢の他人がいる職場を綺麗にすることは大変です。。。

さらに、言葉遣いや身だしなみに注意し、お待たせせずに笑顔、あいさつを忘れない。。。
大変ですねぇ。。。。
まず、身だしなみは自分だけでコントロールできることなのでしっかりしたいと思います。
言葉遣いもコントロール可能です。
「お待たせせずに」と「笑顔」、「あいさつ」は相手があるので要注意です。

一見コントロールできそうですが、相手がいるとコントロール不能に陥る場合が発生します。
「お待たせさせない」は、何とかやりくりしてできないかなぁ。
「笑顔」と「あいさつ」、それと「職場の綺麗化」かぁ。。。。

努力目標にします。

2010年11月21日日曜日

交渉

鉄の女に再び感銘を受けました。
記事を自分なりにピックアップしてみます。

『交渉に大切なこと』
①両者のためになる解決策を見つける努力をする。
どんなことでも2人の人間がいれば異なる2つの意見があるもの。
自分の意見に固執していては、交渉は前に進みません。
自分の主張はひとまず脇に置いて、相手の身になり、相手のためになることは何かを考えてみる。
②交渉の中で信頼関係を築く。
時間をかけて深い信頼関係を築く。

『交渉力の身に付け方』
「聞く力」を身につける。
ただ聞くのではなく、心を開いて相手の言葉の背景にあるものを感じ取る。
反論してやろう、攻撃してやろう、あるいは交渉の場で目立ってやろう、といった態度から生まれる言葉は、相手を傷つけ不毛な議論を呼び起こすだけ。

『基本的なところ』
身体を壊さないようにする。
自分自身の働き方を見直す。
残業はできるだけしない。
ストレスが少なく働きやすい職場環境を作る。

自分を知り、自分を信じ、自分で自分自身を導く、という意識を持つ。
これでどんな仕事も「自分にしかできないこと」になっていく。

書き写していて、いいなぁ~って思います。

価値

例え話です。

「御社の事業価値は何ですか」

(説得力ある答えができなかった。。。)

「会社を上場するとは、経営者が事業価値を固めそれを売り歩くこと。
株価が50円を割るのは、市場が将来はないと見ているわけです。
もし志がないなら、会社を売った方がよいのでは」

(その事業に志はあるか、ビジョンはあるか。。。)

メガネ屋さんは
『メガネをかけるすべての方に よく見える × 良く魅せる メガネを市場の最低・最適価格で提供する』
に固めた。

私の場合は何だろう。。。

父親と自分

まだまだ父親は先にいます。

自分が死ぬまでに父親ぐらいの人間にならないと退化した感じがするので何とか追いつきたいものです。

今のところ、「生きる力」がとても劣っています。きっと。

一方で「学ぶ心」は追従しているかなぁ。たぶん。

「雑魚の魚まじり」(ざこのととまじり)

道を究めるのに雑魚か魚かは関係ない

いい言葉に出会えました。

あっ、母親にも到底およんでおりません。。。

2010年4月18日日曜日

雪かきと武士道

私は石川県出身なので、子供の頃はよく「雪かき」をしました。
最近は降雪量が減り、雪かきの回数が減っているようです。

雪国出身と関係ありませんが、小中学校では剣道少年でした。
キッカケは偶然近所に剣道教室があっただけなのに、名前からして運命を感じております。
中学ではパンクとバイクと剣道で、かなり混乱していました。CHAOS UK

そんな私の脳がある記事に惹かれたのは必然でしょうか。
無意識に関連付けをする脳味噌って、なんとも不思議なヤツです。

内田樹さん。
何度か購入しようと本屋へ足を運ぶも、立ち読み段階でやめている人です。
私には内容が難しそうなのです。
今回はコラムで出会いました。
辺境人の広告も兼ねているんでしょう。
だけど、コラムは本と違って短いので、入門するにはもってこいな出会いでした。
予想通り、共感する内容でした。何で本になるとコムツカしいオーラを出すんだろうか。
コラムといっても「いいな、この辺の文章」という所がたくさんあって、ほぼ全部。
まとめようにもまとまらず複写状態です。
何とか3部構成、いや2部構成になりそうです。

読売巨人軍が一時、4番打者ばかりそろえて勝てませんでした。
小技の上手い選手、つなぎのできる選手も加えて、適材適所の役割分担型のチームにして強くなった。
総合力では劣っていても余人をもって代え難い得意技を持った人、
身の程をわきまえて黙々と仕事に打ち込む人、
人を立て周囲を奮い立たせる人。
【組織のメーンストリートではない周縁で『雪かき』のような地道な仕事をいとわない人たちがいる。】
そんなモチベーションが高い組織は強い。
集団のパフォーマンスを上げるためには、いろいろなタイプの人材を有機的に組み合わせないといけない。
頭が切れてロジカルな人ばかりを集めると組織は破綻する。

成果主義は個人の能力と達成を評価するものです。
【しかし実際にはそんなものを取り出して計測することは不可能なのです。】
【仕事は集団で行うものです。】
個人的な能力は高い。だが、その人がいるせいで集団のパフォーマンスが下るという人間は『仕事ができない』人間なのです。

「身の程を知る、分際をわきまえる」という言い方は今や死に瀕している。
これは集団の中において自分の果たすべき役割を認識することです。

「身の程知らず」の人間は、自分を大きく見せようとするあまり、無意識に周りの人間の仕事を妨害し始めます。
【『能力のある人間』たちが、相対的な競争では勝者になっても、集団そのものの力は次第に衰えてゆく。】
それが日本の現状なんです。

【仮面をたくさん持って時と場合で使い分けるといい。】
臨機応変にキャラクターを変えるのです。
おじさんになったり少年になったり、ある時はおばさん、あるときは少女、というように。
仮面をかぶって人と関わることを今の人は『自分らしくない』と言って嫌います。
でも仮面は何より集団の中で自分に期待されている役割を果たし、自分を守るものなのです。

武士道は『生き残る』ためのノウハウだと思います。
その本質は『ありもの』で間に合わせるということ。
「武道家は入れ歯が一発で合わないといけない」
生まれついての天然の歯がもうないとき、
それと同じものを求めて『合わない』と不平を言う人間と、
自分の口腔の筋肉や関節の使い方を変えることで、口の中に異物を『合わせる』ことのできる人間の、
どちらが戦場で使い物になるのか。

【戦場では『武器が足りない』とか『地の利が悪い』とごねる余裕はない。】
与えられた状況で最高のパフォーマンスを達成するには、どうすればいいか、思考法を切り替えなければならない。

加齢すると身体の力は落ちてくるし、記憶力も悪くなる。
それに不平を言って『アンチエイジング』などを試みるべきではありません。
【武士道的には、現状をありのままに受け入れ、残された手持ちの資源で何ができるかを考える。】
失ったもの、できなくなったことを数え上げるより、まだできることを数え上げる方がはるかにいいです。

雪かき
身の程を知る
仮面
武士は入れ歯を一発
これで行きます。

2010年4月17日土曜日

California

住みたいなー。

シリコンバレーの朝は早い。
朝が早い最大の理由は時差だ。
金融の中心地、ニューヨークとの時差は3時間。
株式の立会取引が始まる朝9時30分は、シリコンバレーでは6時30分。
必然的に各種会合や会議の開始時間も早い。
日本なら昼食を食べながら、あるいは夜に飲みながらの会合や懇談会が、朝8時開催という例も少なくない。
勉強を重ね、人脈を広げ、アイデアを練るのが朝なので、シリコンバレーは記憶が新しいうちに動く。
有力ベンチャーキャピタルが投資先候補を呼んで話を聞くのも朝が多い。
朝の喫茶店はノートパソコンを開いて事業プランを説明する姿に出くわすことも多い。

半面、夜は早い。
午後4時を過ぎると帰宅を始める人もいる。
晩ご飯は家族と一緒に食べ、食後に出かける人も少なくない。
飲食店は夜9時過ぎには軒並み閉店だ。

早寝早起きで、仕事も遊びも全力投球のシリコンバレー。
ゴーストタウンのような深夜の街を歩くのは、時差の都合で夜中まで働く日本人くらいだとは言い過ぎか。

記事の抜粋です。
単に『早寝早起き』がいいだけですが、何か。
現地の会社じゃないと意味ないですがね。
こんな文化に浸りたいなー。
同じ人間とは思えません。

2010年4月11日日曜日

何度も読み返すと何か起きるか

新聞で見かけた言葉をじっくり見てみます。

自信を失うな
だけどうぬぼれるな
謙虚であれ
しかし卑屈にはなるな

これだけだと記憶に残るか微妙なので、別の言葉を合体させてみます。
元マラソン選手の言葉です。

忙しい社会で皆が先を急ぐ気持ちもわかりますが、親御さんや先生には子供たちを『待ってあげる』気持ちを持って欲しい。
できないから『すぐダメ』とあきらめるのではなく『何がダメでできないのか』と表情を見ながら考えてあげる時間が新たな可能性を生む。

これは子供だけじゃなく、会社での教育にも言えると思いました。
いやいや、他人のことではなく自分のことにも言えるのではないでしょうか。
本当に慌しいこの社会、この毎日、この流れに逆らってゆっくり進もうと思います。

最近お気に入りの二人は、市川亀治郎と佐藤洋二郎です。
お二人の記事は連載なので、単発でビビッときてしまう記事や著者とはちょっと違います。
過去の記事の積み重ねがボディブローのように私を刺激してきます。
まずは歌舞伎俳優から。

歌舞伎俳優なのでハマらないと最初は思って目を通していました。
ビビッとくる言葉もこれまで特にありませんでした。
ただ、表現力が豊かで、職業柄か知識からか日本文化の勉強になる言葉がよく出てくるので、読んでいて非常に楽しいのです。
なので、「目を通す」から「ちょっと読み返してみる」へ移行することが多いです。
今回はボディブローが積み重なったのか、たまたま良いパンチをもらったのか、私はダウンしてしまいました。

タイトルは『独楽のススメ』でした。最初は何も感じませんでした。

ふと空を見上げ、その美しさにハッとすることがある。
と同時に、空を見上げる余裕さえない日々を送っている自分に愕然とする。
空はいつでもそこにあるのに。

この始めの三行は【完璧に】ハマりました。
三行すべてパーフェクトです。

果たして僕らは、彼らのように、風に季節を感じることができるのであろうか。
月の満ち欠けに、時節の移ろいを読み取ることができるのであろうか。

この二行も、「今、私が、興味を抱いていること」にピッタシな【空間】です。


生まれながらに人間が持っている五感。目で見て、耳で聴き、鼻でかいで、舌で味わい、身体で触れる。
これこそ、現代科学がどんな高度な技術をもってしても作り出せ得ない、超高性能なアンテナ。
僕らは自分の感覚をもっと信頼してもいいのではないか。

これを読んで本当に同感しました。
しかし今回の記事はどうしたことでしょう。これまでの記事でここまでハマったことはありませんでした。しかも、一部分ではなく最初から最後まで「キマクリ」です。

何事も本来の姿、あるがままに。
自然法爾(じねんほうに)
自己との対話
自己の客観視

その声はささやきに近い。
そのかすかな声を聴き取るには、世の中、余りにも雑音が氾濫している。
人間、時にはごう塵(じん)を離れ、静寂の中に一人座してみることも必要ではないだろうか。
なにも人跡稀な深山幽谷を遠くに求め、わざわざ籠ることもない。
俗世間に身を置きながらも、そのよう境地えられるのではないか。

ここも、何故今の私の気持ちにここまで一致するのかが奇妙でむしろ気味が悪いほどです。
そしてエンディングに進んでいくわけですが、本当に最初から最後までのめりこんだ記事でした。

どんなに多忙でも、極力、独りになる時間というものを作るように心掛けている。
それが、たとえ5分であっても構わない。
独りになることを恐れる人がいるが、独りでいることが孤独なのではない。
孤独とは、何もしないこと。
独りの時間を楽しむ大切さ。
【独楽】のススメ ←出たぁ~!!
誰にも邪魔をされない自分だけの時間を持っている人というのは、さながら回り続ける独楽(こま)のように、決してぶれることがない ←また出たぁ~!!!

最高のコラムでした。ありがとうございます。会ってみたいと憧れます。
次は佐藤洋二郎さん。
この方の言葉は以前にも書き留めたことがあります。
いつも掲載を楽しみにしていますが、今回は何とほぼ全文が心に止まりました。
機会があれば本も読んでみたいなぁと思いましたが、縁があれば目の前に現れると思いますのでその日が待ち遠しいです。

なぜ書くことを諦めなかったのかと思い巡らすときがあるが、それを『生きることの拠り所』にしていたからだろう。
『自分がどう生きていいか、まったくわからなくなっていた』から、小説を書くことに『すがっていた』のだ。
そのおかげでなんとか人生の道を外さずに生きてこられた。
そしてそこから学んだことは、結果が悪くなることよりも、迷って何もやらないことの方が最もよくないことだ思うようになった。
やる気があれば何とかなるし、やらなければ何も生み出さない。
失敗すれば知恵もつく。

ながい人生を生きるには、自分のしたいことをさせるのが最もいいはずなのだが、その芽を、親の不安や欲で断ち切ってしまう。
好きなことしか伸びないということも、いやなことをやればストレスが溜まることも、大人は知っているのに逆に子供達に押しつけてしまう。
勉強は勉強が好きな子が伸びるし、スポーツもスポーツ好きな子が伸びる。
それぞれの生き方をして、お互いを認め合えばいいのに現実はそうはなっていない。

人生はどれだけいい思い出をつくるかで心は豊かになってくる。
それは月並みな言い方だが、やる気を出して懸命に生きるしかない。

最後の方は「大人はちゃんと子供達に教えているのか」について書かれていますが、前記と同様に「会社での教育」にも「自分への戒め」にも言えることではないでしょうか。

次にサラリーマン冒険家の記事を書き留めます。
タイトルは【旅をして人に会おう】です。
私の脳が、ここまで書き留めてきたこととどのように関連付けるのか、もう少し読み返さないといけないかもしれません。

「自転車での世界一周って、意味あるんですか?」
大した意味はないかもしれない。でも・・・と続きます。

雪のちらつくアラスカを走っていると、ガスが出てきて見通しがきかなくなった。
日が暮れ始め、体も冷え切って限界を感じた時、道端に旅人用の無人キャビンを見つけた。
水もトイレもないが、ストーブに火を入れたときの幸福感は忘れられない。
宿帳を兼ねたノートにはオランダ人のサイクリストが
「このキャビンは人間を幸せにするのに、いかに少ない物でこと足りるか、ということを教えてくれた」
と書いていた。

豊かさとは何か。
「旅に出る前は、自分が持っていないものを手に入れていけば幸せになれると思っていた。
今は、持っているものに感謝する方が幸せに近いと考えるようになった」
アフリカの子供達に最近うれしかったことを聞くと、
「妹が笑ったこと」や「雨が降ったこと」と答える。
自分達の食べ物にも困るのに、初対面の相手を御馳走でもてなす心には驚く。
『要は気持ちの持ち方次第』

ここで、私の脳は前に書き留めた13歳の全財産と関連付けました。

我慢することを覚え、
気になることをまずやってみる。
本を読んで、
旅をして、
人に会いましょう、
と呼び掛けている。
伝えたいのは、【まず自分の物差しを大きくしましょう】ということ。
【大きな物差しを手に入れた後でしか、測れないことがあるから】

【旅をして人に会いましょう】
会うってことは、『話す』ってことでしょう。
思ったこと、感じたことを口に出してみます。

2010年4月3日土曜日

思いやり第一主義

キング オブ 気配り とはこんな人ですー。

例えば、真夏のゴルフでは、
同行者の一打がラフに入ったので探しに行くと、ボールのそばに『あの人』の帽子が置いてある。
当人を見ると、日差しをまともに浴びながらも涼しい顔で次のプレーへ。

真っ先に探しに向かい、さりげなく帽子を目印に使う気配り。

例えば、酒席で席を外したかと思えば、
わざわざ乗り場に並んで帰りのタクシーを手配する。

例えば、初めてのお客に会う時、
その人となりを記した手紙を出してくれたおかげで、先方と話が弾んだのは一度や二度ではない。

その『思いやり第一主義』は人としてどうあるべきかを教えてくれた。

こんな人がこの日本に本当にいるなんて、というのが一番最初の印象です。
テレビや映画には出てくるでしょうけど、実在するとは私の脳も思ってなかったということですか。
こんな人が会社にいれば、気持ちも変わるんでしょうか。。
本当にいるのかなぁ?こんな人??
信じられない私は寂しい人なのか。

我欲

気づかない欲って怖いですー。

私は毎日、昼食後にジャンボ・チョコ・モナカが食べたーい!と心で叫んでいます。
いや、口に出して言っています。
我慢できずに食べてしまう日もあります。
例えば出張の時はOKにしています。。

ジャンボ・チョコ・モナカは明確な欲です。自覚しています。
いい年してこの食欲と毎日戦っています。

本屋さんで本を買います。
でも買ったのに読んでない本が部屋にたくさん積んであります。
これも明確な物欲です。
立ち読みしている時に欲しくなって買ってしまいます。
本当に必要だったのか?とたまに思うので自覚しています。

スタバのタンブラー(千葉仕様)、お線香(ひのき)、家紋シール(前田利家)、などなど。
これらは無くても生活できます。生きていけます。
欲です。

神社のお守り、お賽銭、お寺の駐車料金、高速代、ガソリン代、。。。
微妙ですけど、欲かな。
行きたくて行っているので。
いや、これは微妙。。

でもこれらは、気がついているのでOKとします。
いいじゃん!我慢我慢なんて嫌だ!
。。すみません、開き直ります。。何か。

新聞に懐かしい女優さんが出ていました。
結婚するもなかなか子供ができなかったが、あるきっかけでかわいい娘を授かったというお話です。
何としても子供が欲しいという執着があったそうです。
情報を集め、こうしたら子ができると決めつけ従う日々。
私が出産できないわけがないといううぬぼれ。
当時は子を産むことが人生の目的になり、自分を見失っていたそうです。
ある日、子のいない人生を考え始めたら、心にふっと余裕が生まれ、突き詰めていた自分の姿が怖くなったと。
あきらめようと決め、最後の治療の前に1年半ほど体力を養うために治療を休止した。
自粛していたダイビングにも夫と出かけた。
結婚後初めての自然体な暮らし。
そんな時にうれしいニュースが。
「我欲の強い自分を変えなさいと、娘が教えてくれたのだと思う」

私は独身男なので、この苦労の半分もわかりません。
だけど、会社での自分や普段の自分に当てはめると、どんなことにも言えることだと感じました。
特に心に刻まれた言葉は、

執着
決めつけ
うぬぼれ
突き詰め

余裕
自然体な暮らし

我欲の強い自分を変えなさい

子供っていいですねー。

チアダンス

そうです、そのチアダンスです。

新宿の駅にサラリーマンを応援する方がいらっしゃるそうです。
ご本人も
「私のやっていることってバカバカしいですよね。でも、あんな人間もいるんだって誰かに勇気を与えることができたら」
とおっしゃってます。

「街のゴミ拾いでもよかったのです。自分なりの方法で、人を少し幸せにできれば」
根っこにあるのは社会人としての挫折体験だそうです。
大学を卒業し、就職氷河期の時代に入社するがうまく行かず閉じこもりに。
そして会社を辞める。困難から逃げた。
後悔するも、それでも、時代の巡り合わせに嘆くのではなく、「生きていることを肯定したい」と思うようになったそうです。

久しぶりの CHAOS UK です。
この記事は何とも心に響きました。
世の中には似たような悩み・考えを持つ人もいるもんだなぁ~。

「ダメ社員で悩む」ってことはありませんが、今の会社も何なのかね?って思って閉じこもるのは同じです。
チアダンスは踊れないし、そんな人前に出るのも恥ずかしいし、はてさて何をしようかなぁ。。

先日、スーパーの階段でおばあちゃんが行ったり来たりしていました。
そのスーパーは2階建てで、エスカレーターは上りのみ。
おばあちゃんは杖代わりの乳母車?というかタイヤ付きの手押しカバン?を標準装備しているので買い物カゴとBOXティッシュ5個パックをすべて持って階段を下りられない。
そこで、一つずつ運んでいる。。
私は何気なく声をかけました。(セッカチなので見ているだけでイライラしただけです)
「運びましょうか?」
『いえいえ。大丈夫です。自分で運べますから。』
「そうですか。」
と言って私は階段を下りました。
お年寄りとの付き合いは難しいと思います。
親切なのか、おせっかいなのか、ありがた迷惑なのか、うれしいのか、よくわかりません。
そして何気なく始まったので何気なく終わっても気にしない感じでした。
後ろから声が聞こえました。
『ありがとうございます』

私は後悔しました。
おばあちゃんの言葉を無視して運べば良かったのかと。
でも、もう遅い。
だけど、最初の一発が無かったら、その後には何も起きません。
何も起きない道は、面倒も起きないので無難です。
しかし、感動もない。
何も無い。

面倒が怖くて、何のために生きるのか。

2010年3月24日水曜日

自動車社会

数年前から気にはなっていました。。

交通事故死
大気汚染
石油枯渇
地球温暖化
埋め立てのゴミ

JAFメイトを読んでいたら、気になる言葉に出会いました。
『渋滞でイライラしても無駄なことですから。』
それともう一つ。
『EVやめますか?車社会をやめますか?』
これは本当にそう思います。
実は、ぼんやり考えていたことでした。

未来のことを考えると、車は本当に必要なのか?
そんなことを考えながら、毎日職場である車屋サンの会社に行くのは何なんだ?


中学生の頃から私はバイクが好きです。
まず、音。ふぉんふぉふぉ、ふぉんふぉふぉ。。
そして、疾走感。ふぉーぉん、ふぉん、ふぉーー。。

二十歳になって自動車免許を取ります。
車に色気はなく、たまに親のライトバンに乗ってました。
実は、あとからジーンときたのですが、そのライトバンはKP62でした。。
バンなので残念ながら、リアが板バネ、戦闘力はイマイチ。。でもFR。
事故も経験させてもらいました。
実は合コンにも行った事があります。
今思えばあり得ないこと。確か、私の車には男性陣が、友達のパジェロに女性陣が乗ったことを覚えています。当然ですよね。

実家に住んでいる時は、どうしても自由にバイクに乗ることができませんでした。
体がむき出しなので危ないからです。
納得していました。私もバイクは危ない乗り物だとその時からずっと思っています。

田舎のため必然的に車を購入することになります。
バイト仲間の紹介で車屋サンに行きます。
小さな中古屋サンで、若い営業マンとあいさつをします。
お洒落な人でした。身だしなみ、乗っている車、会話のネタ、どれもこれも。
私は工業系の学校へ通っていたので、車好きがたくさんいて、お洒落は少なくて、自動車部は本格的に活動していて、学校生活はほぼ男子校状態、などなど。
車好きにハマって行くのは オン ザ レール な感じです。

時を同じくして、父親から車の購入を勧められます。
父親がお世話になっている車屋サンです。
すでに自分が出会った車屋サンがいたので、必要ないと言ったけど親の立場もあったようで結局その車屋サンのところへ見に行ったことを覚えています。
コロナGT(クーペ)でした。
今思うと大変失礼で残念な態度をとったことを覚えています。
「う~ん。。いらない。。帰ろうよ。。」(あー恥ずかしい!と本当に思います)
いい車だと今は思います。
もし、コロGを買っていたら今頃、私の人生は大きく違っていたと思います。
おそらく、必要以上に車にハマってもいなかっただろうと。。。

コロGの前から早く帰りたかった時、実は私の頭の中にスカGがいました。
結局、スターのような感じの営業マンから車を買います。
その頃周りでは黒の7thが流行っていました。(スカイライン)
働いていない私には新車を購入するなんてあり得ません。
当然中古です。当然鉄仮面です。当然ターボです。
ちなみに、スターの車はスカイラインです。車高短です。

発注。。

「探してみたけど、予算的に鉄仮面は無理。」
「悪いけど、ターボも無理。」
「一個前のRSじゃダメか?」
「俺のもRSだし、ターボじゃないよ。」

『仕方ありません。探してください。よろしくお願い致します。』

「なかなか無いよ~。」
「一台あったけど、イマイチなんだよね~。一応見てみる?」

『はい。。(イマイチか。。)』

「これ!」
「白!4ドア!年配の方が乗っていたらしい。」
「この予算じゃ、やっぱり無理!」
「これしかない!親父車だけど、どうする?」
「しばらくは出てこないと思う。」
「エンジンはFJ20で同じだし。」
「スカイラインは【羊の皮を被った狼】っていう事だし。。」

『。。。これでお願いします。』
周りのピッカピカの7thとは大違いのスカイラインとの出会いでした。
それからは車屋サンに入り浸りの生活になります。
(周りのピカピカの車と一緒に走るのが恥ずかしかったのでしょうか。。)
実はこの車屋サン、走り屋でした。
近くにサーキットが無いので、自分達でクラブを作り、一ヶ月に一回ジムカーナ場を貸し切って活動していました。
「興味があったら、見学に来れば?」
私とモータースポーツの出会いでした。
後で知りましたが、冬は毎晩ウインタースポーツの活動でした。。。

RSはドリフトに不向きです。
未経験者が初めての練習車にするなんて、。。
当時から私はマイペースで、自分だけドリフトできなくても大して気にしない。
だけど、とにかく車高短。ペッタペタ。古くてダサい車もこれで何とかギリセーフ。
そんな生活が続いたある日、練習量と不精者の線が交差した時、エンジンブロー。
「次の車どうする?直す?買い換える?」

『少し考えさせてください。。』

結局、車屋サンの【イカしたRS】を安く譲り受けました。
夢にまで見た、ガンメタ黒のツートン!
スポーツマフラー!
お洒落なアルミホイール!(実は初代はカッコ悪いホイルでした)
ブリッドのシートがFC3Sへ移動したので、私もブリッドのシートを購入!
ナルディのクラッシックはつけたままにしていただきました。
ちなみにフェラーリホーン。
ちなみにちなみに車屋サンはFC3Sへステップアップ。

練習再開。
ある日、ドアミラーをヒット!
在庫確認した解体屋さんに行く。
場所を聞く。
あそこの上から3番目。
持参した工具を後ろポケットにさして車のタワーに上る。
『あれっ??どこかで見た気が。。。』
『このドアミラーに張ってあるイカ天シールは!!』
白いRS。。こんなに悲しい気持ちにはそうそうなれません。

練習再開。
たまにサーキットへ遠征に行きます。
サンデーレースが大流行の年です。オプション2っていうんでしょうか。
スーパーバトルロイヤル なんて言葉もよく耳にしました。
そんなある日、忘れて油断した頃にまた高負荷高回転と面倒くさいが交差した瞬間、エンジンブロー。
社会人1年生だった私は会社の工場隅で分解修理。
ついでにクランク、コンロッドの軽量化。。いや重量を測った記憶はない。。削っただけ。。
たまにピカピカな部分に「チャン!」とサンダーの刃が当たったが大して気にしない。。
不精な武将って感じです。

始動。
特に異常なし。
慣らし運転。
ジムカーナ場でシェークダウン。
ん?気のせいか、高回転の吹け上がりが遅いか?!
まっ、いっか!

20代も後半になろうとした時、父親の我慢がピークになります。
「あの暴走族みたいな音を何とかしろ!」
「ここらで新車でも買え!」
「新車に替えるなら協力するぞ!」(融資)

『嫌だ!スカイラインじゃなきゃダメだ!』

いつもの車屋サンで打ち明けてみると、みんな父親に大賛成!
最近のいい車に乗り換えるとテクも一皮向けて向上する!などなど。。
『じゃ、買う』
「何を?」
『ワンエイティエスエックス』
「何で?」
『何となく』
「は?」
『スカイラインじゃないなら特にこだわりは無い。』
「じゃあ、スカイライン買えよ。今ならR32だな。GTRは無理だからタイプMだな。」
『嫌だ!わしのスカイラインはRSで終わったんじゃー!』
「好きにせーやー。。。」

ぅわーぷしゅっ!わーぷしゅ!わーぷしゅ!ぷしゅぷしゅ!
パーツ豊富。
ボリューム増量。
父親、作戦失敗。
『技術の進歩はこんなに凄いのか!簡単にケツが出る。。』
『今までの時間はなんだったんだろう。』

練習再開。
そして日産車に乗れない日がやって来るまで、走り続けていました。

2010年3月18日木曜日

春の彼岸入り

暑さ寒さも。。。

暑くも寒くもないことの心地よさ、ありがたさ。
『この季節、笑顔が似合う』
朝。コラムを読んでジーンときました。

その裏面には、
『人間のトラブルのもとは「我」なので、我を取れ。』
再び、ジーン。
今日一日、『我』を取ることに意識してみたいと思います!
ちなみに昨日は人間のトラブルの多い一日で凹んでいました。。

昨日で思い出しました。
昨日の新聞に強烈なインパクトの一言に目が奪われました。
『今夜はカレーライスだよ』
この言葉には何か特別なパワーがあると思いませんか?
日本人限定の。。

さらに別のページ。
『庭訓(ていきん)』という言葉にヒット!
(ていくん)と読んでいましたが、辞書に見当たらないのでよく調べたら(ていきん)とありビックリ。
連鎖して、「家訓」は(かきん)と思いきや(かくん)も可と2パターンありビックリビックリ。
「庭」は家庭のこと。家庭の訓え。
「家訓」は家庭の教訓。。。なんやねん。
ようは、私は「庭訓」という言葉が好きなようです。
コラムにはこう続きます。
『人生の三惚れ(人に、仕事に、郷土に惚れる)』
著者の場合、人は奥様だそうです。
惚れる郷土(第2の)を探そうと熱くなりました。
ここじゃない気がする。。。。。。

2010年3月13日土曜日

過敏

世の中には、こんなにもたくさんの関連付けされるものがありましたっけ?

しかも、ここ最近という短時間の間にです。
私の脳、感じすぎです。
もっとのんびり生きたいです。
脳が過敏すぎて、心と身体がついていかない気がしています。

先日、たまたま稲盛和夫の「働き方」という本を購入しました。
うすうす感じていましたが、著者の本が流行っていますね~。
今回は流行っているから試しに買ったのではなく、本屋さんでパラパラ眺めたら「熱いなぁ」と思ったので買いました。
実は、家に帰ってゆっくり目にパラパラ読んだら気が変わりました。
う~ん、理想論っぽくて実際の役に立つのかなぁ~微妙~っと思いました。

そんな時は予想通り、読み始めることができませんでした。。。
時間がたったある日、ある講座に出かけました。
読んでいない本を持って来いということで、MOTTAINAI との思いでこの本を持って出かけました。
結局、まだこの本を読んでいませんが、講座の中で必要に駆られて局所的に読みました。
う~ん、やっぱり理想のお話だなぁ~、実際会社で実行できるの?精神論でやるの?でも読むと熱くなるからいいかもね、と思いました。

それから数日後、コラムに出ました。。。
「働き方」ではなく「生き方」という本についてです。(想像ですが内容は近いのではないでしょうか)
興味深いのは、コラムのテーマが「何故働くのだろう」ということです。
私が「何で働くんだ?」と悩んでいる時に買った「働き方」に対して、コラム著者も同じ悩みで「生き方」を読んだという点です。
日本全国、みんな、同じようなことを悩み、同じような本を読んでいる。
『CHAOS UK』の曲が全て同じことと関連付けた私の脳。。。

コラムの中で面白かったもう一つのことは、本との出会いの場面です。
著者は通勤電車の中で中年男性が読んでいた新聞広告が目にとまり、タイトルがズシンと来て、何かあるという直感で本屋にダッシュしたとあります。
何となく気持ちが分かります。
ちょっと違うのは、著者にとってその本は、一目惚れは大正解、今の私に働く理由の答えを鮮やかに提示してくれたそうです。
私はまだしっかり読んでいませんが、そこまでではなかった。

労働は修行だ。
本書に刻まれている確かな重みのある言葉の数々が、モヤのかかった私の心に一筋の光として差し込む。
心は晴れた。生きている限り自分の成長を止めたくない。だから今日も働こう。
と締めくくっています。
羨ましいです。心が晴れることが大切と思います。
心の晴らし方が人によって異なるので全国共通!とは言えない所が楽しみでもあると思います。

ある時、ふと「働き方」を読み返し、大変なことが起きるかもしれない。
本の面白い一面です。

書きすぎてカオス

書かない時期もあるのに、何でこんなに書くことがあるのでしょうか。

そううつ ?

アウトプットするために書き記し始めました。
それには読んだものをまとめる必要があります、これ勉強。
もちろん書くことも、勉強。
調子に乗って自分の気持ちも書き加える、これも勉強。

勉強が嫌な時は書けません。
では、無駄に近いくらい書き「続け」ている今は、好きなのでしょうか?
実感なく残念です。
これが、好きだとオートマティックに続けてしまうということなのでしょうか?

今のように書きすぎると「まとめてから書いている」ものが溢れてしまい、結局混乱しています。
一体何なんでしょう。
近頃たくさん書いています。
書くことがあると言うことは、それだけ溜まっていたのでしょう。
まとめる作業を行い書き記していきますが、あまりにも急激すぎて頭の中がグチャグチャです。

そんなときは『CHAOS UK』ですね!
気にするのをやめて、雲のように書きます。。

あっ!雲といえば、ジュウザで、ジュウザといえば、。。。
あ~もうっ!

ところで、混沌としている私は「いつも何かに追われている」気がしています。
病気ですかね?
そんな時にピッタシ同じことが記事に書かれていました。
本当に驚きました。
私が悩んでいるのはこれだ~っと。

題名は、生きにくい「豊かさ」 です。
著者が最後に、
助け合って生きるしかない人間は、誰一人として役に立っていない者はいない、
ということをもっと教えるべきと言ってます。

現代の日本は豊かだが、それが逆に私たちを生きにくくしている。
健康であれば、人に頼らずに生活できる時代だが、そのことで共同体意識が薄れ、助け合わなくても生きられるようにもなった。
その反面、当然自分ひとりでものを考えなければならなくなった。
そして多くの人が根拠のない強迫観念に襲われ、相対的に自己を見失っている。
(まさに私そのものです)
その一因には、いわれのない競争意識もありそうだ。
。。。。。。
心の持ちよう一つで、世界が変わるのに心を閉ざす。
(そうは言ってもね。持てないから困っているのでは)

読み終えて、これからどうすればいいか考えなくてはいけないが、心の中を文章で写してもらって感謝します、と思いました。
『いわれのない競争意識』と『根拠のない強迫観念』を心の中から追い出したいと思います。

それにはやっぱり、山伏か?

2010年3月11日木曜日

出会った言葉

仕事とは、という本や記事は多いです。
そこで出会う言葉もたくさんあり、こころに響くものが少なくありません。

「仕事のリストラはしますが、人のリストラはしない」

ある創業経営者は戦後すぐの頃、仕事の哲学として、人を愛し、国を愛し、仕事を愛すということを明言し、「自分は定年のない会社を作りたい」と宣言していたそうです。
憧れますねー。
良いか悪いか分かりませんが、私は好きだし、参加したいと思います。
(参加なんですよねぇ~、今の自分は。作ろうとしていない。。)

記事の中で一番好きな言葉だったのは、

「会社の仕事とは他人のためにすることです」

まさにこれは私の思っている理想を言葉にして頂いた感じです。
理想であって現実的ではないのかなぁ。。
もしくは、理想であって実現は困難なのかなぁ。。

そして、
『仕事という素朴な言葉にわれわれが抱いている、得体の知れないものは変わらない。』
この【得体の知れないも】という言葉です。
まさにこれは私の思っている疑問を言葉にして頂いた感じなのです。

言葉について書くつもりが、自分のモヤモヤを他人が言葉にしたということが嬉しかったようです。

2010年3月7日日曜日

山伏になったらどうなるか?

山伏ってどんなイメージをお持ちですか?

私はやっぱり時代劇に出てくるイメージですかね。
ほら貝持ってたりして。
ぶ、うぉ、うぉ~。。ぶ、うぉ、うぉ~。。ってね。
弁慶もそんなイメージですよね。
天狗もかなぁ。。
現代にも修験道の修行として存在するそうです。
いやぁ~、知りませんでした。。

宗教とはそもそも、明治になって英語のReligion を翻訳した言葉だそうです。
なので、この語は欧米が考える唯一絶対の神を持つ一神教にこそ価値がある考え方だそうです。
日本にも宗教はありますが欧米とは違うと記事は続いていきます。

この山伏、修験道という記事を読んで私がいいなぁと思ったのは、好きな登山にはこんなメリットもあって、知らないうちにこんな効用を身体に受けていたんだーということです。
もちろん今まで登山をしていて最高の気分を頂いていますよ。山と仲間から。
みんなおかしな人ばかりだし、空気は気持ちいいし、眺めはこの世のものではないみたいし、頂上では達成感ももらえるし。。
だけど実は他にも頂いていたようです。

山を歩けばその人なりに何かがつかめる。
道中を行ずる、その過程に最も大きな意味があって、ただ目的地に着くために歩いているわけではありません。
我を解き放つ、ということです。我執があるからこそ、つらかったりめげたりする。自分の都合通りにならないと理不尽だと思う。
かといって世界は自分の思うようにはならないものだと頭で考えていても心に刻まれません。
自然の中で体を酷使して聖なるものに触れる。その体験によって、我を捨てるという意味を心に刻むことができます。
我にとらわれなければ、理不尽だという思いもなくなる。昨日をくよくよし明日を心配する。そんな自分を超えたものと対峙することで、心は本当に楽になります。
修験道の修行とは、山で自然と向き合い、己の体を使って超自然的な力、霊的な力を感得する、ということです。

自然の中に神、仏を見る。
自然を神、仏そのものだと感じておそれる。
そういう心性で、自然とどうつきあうかを問うてきたのが日本人であり、その宗教心といってもいい。
神仏をともに大切にし、「ご先祖さまに顔向けできない」や「お天道さまが見てござる」と言って、自分を超えたものに価値を見だす。そういう倫理観が昔はあった。今はすっかり自分中心になりましたが、それでも宗教は生活のあちこちに残っています。。。

読み終えて思いました。
登山が好きでよかったー。
そして、昔の人の自然との付き合い方は学ぶべきだなぁと。
「最近はすっかり自分中心になりましたが、」ってところは寂しいと感じました。
山伏にはお坊さんも神官もアマチュアもいるそうです。
昔の山伏は山に入りっぱなしでしょうが、今では修行は非日常で、非日常で得た力を日常に生かすものだそうです。
私が山伏になったらどうなるんだろう。。。
まずは形から入りましょうか。。ほら貝ってどこにあるんだろう?!
それから、あのちっちゃな帽子?いるよねぇ~。

明日は御座なく候

かっこいー!

元総理のコラムにありました。
御座:いらっしゃること。
人はいつ死ぬかわからないのだから毎日「今日が最後だ」と思って今日を精一杯生きなさいということと書いてあります。
『明日は御座なく候』
んー、いい!

平均寿命が延びたといっても、社会に出てから活動できるのは、せいぜい50年かそこいらでしかない。
この限られた、かけがえのない人生をどう生きるか。

『そこがまさに問題の核心であって、そうであればつまらん小さなことにくよくよするのではなく、何事も完全燃焼するつもりで思いきりよくやっていきたい。』
前半がいい!
そこがまさに核心で、小さなことに。。。が、いい!

元総理の「日々の心得」もシビレました。
枕元に掲げてあるそうです。

「即起」(そっき)
朝目覚めたらぬくぬくと床の中で惰眠をむさぼることなく、ただちに床を離れて一日の活動の準備に入るということ、だそうです。

「作務」(さむ)
庭掃除、畑の手入れ、掃除、ろくろの作業など身体を動かして汗をかく仕事全般を総称するそうです。
私の場合なら、掃除、洗濯、勉強、珈琲、でしょうか。

「夜、不出門」
読んで字の通り、夜の巷を遊び歩いたりせず、会食などのつきあいも極力控えるということだそうです。

そして夜はひとり静かに習字や読書をして過ごし、就寝前には静座して一日を振り返る内省のひとときを持つように心がけるそうです。

んー、いい!
私もかくありたいです。
『そして夜はひとり静かに。。。』は是非実践したいです。
『内省』は、よく本にも書いてありますがなかなか実行できませんねぇ。。。難しいです。
『就寝前に静座』なんて、一番無理でしょう。
いや、待てよ。。。
【内省】しようと意識せずに、【静座】を意識したらどうなるんだろう?
どうせやんないんだから、暇つぶしに今夜からやってみるか、いや忘れてるな、きっと。。

負け惜しみか、失敗の効用か、

失敗した時に、失敗の効用と認めることができますか?

私には難しいです。
ついつい、「そんなの負け惜しみだ」と考えてしまいます。
もし、失敗の効用だと認めることができたなら、どんなに楽に生きていけることか。

記事(抜粋)にはこうありました。

難関ほど落ちるものが多い。だいたい落ちるものがなければ受かる人もいない。
別に恥じることはない。
それだけではない。失敗の経験はのちのち思わぬ力になる。
キズのあるリンゴはだてに甘いのではない。
そういうのは決して敗者の負け惜しみではない。人間、失敗してはじめてわかることがいくらでもある。
賢いものは失敗から多くのことを学ぶ。
経験は最高の教師だが月謝が高い。

私は今年3回目の失敗があります。
そして、事実を素直に認めることができない。
まだまだ青二才です。


と・こ・ろ・で、
一つ前の投稿で、書き損じていたことがあったので加筆しました。。
たいしたことではありませんが、ちょっと長くて気に入ったものって直したくなりますね~。

2010年1月23日土曜日

宇宙

宇宙なんて、今まで気にもしなかった。

新聞のコラムで心に引っかかりました。
たまに仏教関係の本にも出てくる単語です。
今回に限って何で気になったかなんて分かりません。

「大宇宙に比べて、なんと人間の命の短いことか」と書いてありました。
確かに今まで「宇宙」という言葉をみても、命の長さと比較したことはありませんでした。
宇宙はデカイ、宇宙はどうやってできたのか、宇宙は成長しているのか・止まっているのか、そんなことを今までじっくり考えたこともありませんでした。

「人生は短いんだから、やりたいことを頑張って貫く」と書いてありました。
最近、人生は短いんじゃないかとボンヤリ思っています。
と同時に、やりたいことは何だと悩み苦しんでもいます。
やりたいことをハッキリさせて、貫くことに全力を注ぎたい!と迷っています。

コラムの作者は落語界の重鎮です。
最近毎朝歩きながら稽古をするようになった。
これまでは必要に迫られてやっていたが、それでは本当にいい落語はできない。
毎日の積み重ねが大事なことだと分かってきた。
生きている限りはもっと稽古して、身体を鍛え、納得のいく落語をできるようにしたい、そう考えるようになった。
重鎮なのに、です。
「稽古・落語」の部分を「自分のやりたいこと」に置き換えて、私も実践してみたい。

なのに、自分のやりたいことがよく分からない。。
。。苦しい。。