本来無一物、無一物中無尽蔵

日々是好日

2010年4月17日土曜日

ミッフィのマグ

ヒトの一生の中で「仕事」の部分が占める割合はどれくらいでしょうか。

全体を0歳から80歳くらいまでとしましょう。
大体20歳ぐらいまでは仕事をしていなくて、可愛がられる時代や、ヤンチャ時代、思春期、などなど。
想像するに20歳から60歳くらいまで仕事をする、けど家庭や私生活のこともあります。
さらに60歳から80歳は、。。。きっと仕事はしていないと思います。
(実は生き物はいつ死ぬか分からないという問題の方が重要かもしれません。)

一生の半分が仕事に関係している時間でしょうか。
仕事をしながら家庭・私生活もあるため、さらに半分と考えましょうか。
そうすると、四分の一。(20歳から60歳の時間をすべて仕事に回せば一生の半分になります)
えっ!今苦しんでいる仕事って、ヒトの人生のたった四分の一のことかぁ。。
この四分の一の重みをどう考えるかは人それぞれです。

もちろん「その四分の一も充実させたい」ですが、家庭・私生活の【四分の一】を無駄に捨てるのはMOTTAINAI。親からもらった命です。
そこで、なるべく均等に配分したいものです。
仕事も頑張るし、私生活も頑張ると。
一日24時間。6時間は睡眠。残り18時間。
会社の定時は9時間。
朝食や身支度、通勤時間、夕食、入浴、家事、無条件で5時間ぐらいは簡単に飛びそうです。
残業を2時間しただけで、『残り2時間』です。
ここに「育児、家族の時間」が入るのでしょうか。。
『読書』や『英語』の時間も入れたいなぁ。。
残業4時間や、TV、晩酌、は貴重な時間なんですね。。

仕事重視の人生の方が実は簡単??なんていう妄想も浮かんでしまいます。
私はたまたま読書が好きなので、仕事重視の時間配分は何とか避けたいです。
両立には仕事を短時間で終わらせるしかない。
そして、その貴重な時間で家庭・私生活を充実させなくちゃいけないことになってしまいます。
(もぅ、書いていて息が詰まってきました。。)

仕事の分はさておき、それ以外を充実させるにはどうしたらいいのでしょうか。
私は読書と人だと思っています。
そして読書は自分だけでもできますが、人から教わることは自分だけではできません。
また、人から教わることは読書より身になります。強烈に記憶に残るからだと思います。

先日、会社である人に仕事上、助けて頂きました。
私は今日、お礼を準備しようとワクワクしています。
何かお礼を贈りたくて仕方がない気持ちなのです。
何故、こんな気持ちになるのでしょうか。
きっと昔の出来事が関連しているのでは?と思っています。

ミッフィのマグを頂いたことがあります。
とっても嬉しかったので今でも脳に焼き付いています。
贈り物をするとこんなことになるのかと人から教わりました。
この教えで私の人生は変わりました。
ヒトの一生は、「仕事の部分」だけじゃないくて、『仕事以外の部分』も大切で、しかもそっちの時間の方が多い。
さらに、生き物はいつ死ぬか分からない。

たーくさんの人に助けてもらっているのに、全員に贈り物ができません。。。。。
やっぱり、いろいろ考えても答えは見つからないものなんですかね。
さぁ、今度は何を考えようかしら。

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