私は石川県出身なので、子供の頃はよく「雪かき」をしました。
最近は降雪量が減り、雪かきの回数が減っているようです。
雪国出身と関係ありませんが、小中学校では剣道少年でした。
キッカケは偶然近所に剣道教室があっただけなのに、名前からして運命を感じております。
中学ではパンクとバイクと剣道で、かなり混乱していました。CHAOS UK
そんな私の脳がある記事に惹かれたのは必然でしょうか。
無意識に関連付けをする脳味噌って、なんとも不思議なヤツです。
内田樹さん。
何度か購入しようと本屋へ足を運ぶも、立ち読み段階でやめている人です。
私には内容が難しそうなのです。
今回はコラムで出会いました。
辺境人の広告も兼ねているんでしょう。
だけど、コラムは本と違って短いので、入門するにはもってこいな出会いでした。
予想通り、共感する内容でした。何で本になるとコムツカしいオーラを出すんだろうか。
コラムといっても「いいな、この辺の文章」という所がたくさんあって、ほぼ全部。
まとめようにもまとまらず複写状態です。
何とか3部構成、いや2部構成になりそうです。
読売巨人軍が一時、4番打者ばかりそろえて勝てませんでした。
小技の上手い選手、つなぎのできる選手も加えて、適材適所の役割分担型のチームにして強くなった。
総合力では劣っていても余人をもって代え難い得意技を持った人、
身の程をわきまえて黙々と仕事に打ち込む人、
人を立て周囲を奮い立たせる人。
【組織のメーンストリートではない周縁で『雪かき』のような地道な仕事をいとわない人たちがいる。】
そんなモチベーションが高い組織は強い。
集団のパフォーマンスを上げるためには、いろいろなタイプの人材を有機的に組み合わせないといけない。
頭が切れてロジカルな人ばかりを集めると組織は破綻する。
成果主義は個人の能力と達成を評価するものです。
【しかし実際にはそんなものを取り出して計測することは不可能なのです。】
【仕事は集団で行うものです。】
個人的な能力は高い。だが、その人がいるせいで集団のパフォーマンスが下るという人間は『仕事ができない』人間なのです。
「身の程を知る、分際をわきまえる」という言い方は今や死に瀕している。
これは集団の中において自分の果たすべき役割を認識することです。
「身の程知らず」の人間は、自分を大きく見せようとするあまり、無意識に周りの人間の仕事を妨害し始めます。
【『能力のある人間』たちが、相対的な競争では勝者になっても、集団そのものの力は次第に衰えてゆく。】
それが日本の現状なんです。
【仮面をたくさん持って時と場合で使い分けるといい。】
臨機応変にキャラクターを変えるのです。
おじさんになったり少年になったり、ある時はおばさん、あるときは少女、というように。
仮面をかぶって人と関わることを今の人は『自分らしくない』と言って嫌います。
でも仮面は何より集団の中で自分に期待されている役割を果たし、自分を守るものなのです。
武士道は『生き残る』ためのノウハウだと思います。
その本質は『ありもの』で間に合わせるということ。
「武道家は入れ歯が一発で合わないといけない」
生まれついての天然の歯がもうないとき、
それと同じものを求めて『合わない』と不平を言う人間と、
自分の口腔の筋肉や関節の使い方を変えることで、口の中に異物を『合わせる』ことのできる人間の、
どちらが戦場で使い物になるのか。
【戦場では『武器が足りない』とか『地の利が悪い』とごねる余裕はない。】
与えられた状況で最高のパフォーマンスを達成するには、どうすればいいか、思考法を切り替えなければならない。
加齢すると身体の力は落ちてくるし、記憶力も悪くなる。
それに不平を言って『アンチエイジング』などを試みるべきではありません。
【武士道的には、現状をありのままに受け入れ、残された手持ちの資源で何ができるかを考える。】
失ったもの、できなくなったことを数え上げるより、まだできることを数え上げる方がはるかにいいです。
雪かき
身の程を知る
仮面
武士は入れ歯を一発
これで行きます。
本来無一物、無一物中無尽蔵
日々是好日
2010年4月18日日曜日
電池・電池・電池
今週末は「リチウムイオン電池」の記事だらけでしたー。
3つの記事の波に、ケチケチ生活を満喫する自分を思い浮かべてニヤついてしまいました。
まずは最初の記事。
「そういえば給油したのはいつだったかな」
(もぅ、最初のこの一文でのめり込みました。。)
担当者は3月から公用車として使うPHVに、納車以来一度も給油していないことに気がついた。
秘密は市庁舎の駐車場に設置されたソーラー充電ステーションにある。
PHVはフル充電で約23km 走り、近距離なら太陽光エネルギーだけで移動可能。
余った電気は電力会社に売ることもできる。
新潟県では「助っ人EV」が登場した。
電池切れになりそうなEVのもとに急速充電器を備えたEVが駆けつけ、ため込んだ電気を分け与える。
担当者は「ミイラ取りがミイラになりかねない仕組み」と笑う。
(こんな世の中も面白くていいじゃない!)
二つ目の記事。
トヨタが来年初めからリチウムイオン電池搭載車を量産する。
プリウスのミニバンで、3列シートで5~7人乗り。
リチウムイオン電池はニッケル水素電池に比べて、出力1.5倍(加速性能)、蓄電能力2倍。
コストは数十万円高いが、トヨタは現行同等に抑える。
(私の我慢ももう限界か。。。)
ちなみに、リチウムイオン電池は日本が生んだそうです。
旭化成が1985年に開発に成功し、91年にソニーが商品化した。
日本人ってすごいのであります。
トドメの三つ目。
『蓄電池も一家に一台の時代がやってくる』
太陽光発電を導入する家庭が増え、各家庭の蓄電池に使い切れない電気をたくさん溜めておける。
さらに、地域全体で電気を融通する「スマートグリッド」の実用化にも欠かせないインフラになる。
20××年、ある家庭の風景。。。
家庭の台所の壁に設けられたモニターに「蓄電池」というメニューがある。
今日は天気が良かったため、屋根に取り付けた太陽光発電は多くの電気を生み出し、庭に置いた蓄電池の表示は【満タン】を示していた。
エアコンの電気がまかなえる他、EVの充電にも使える。
これでも余るため、子供が3人いる隣の家に電気を【おすそ分けした】。
【おすそ分け】の町内って、いいと思いませんか?
こんな生活に憧れるなぁ~。。
3つの記事の波に、ケチケチ生活を満喫する自分を思い浮かべてニヤついてしまいました。
まずは最初の記事。
「そういえば給油したのはいつだったかな」
(もぅ、最初のこの一文でのめり込みました。。)
担当者は3月から公用車として使うPHVに、納車以来一度も給油していないことに気がついた。
秘密は市庁舎の駐車場に設置されたソーラー充電ステーションにある。
PHVはフル充電で約23km 走り、近距離なら太陽光エネルギーだけで移動可能。
余った電気は電力会社に売ることもできる。
新潟県では「助っ人EV」が登場した。
電池切れになりそうなEVのもとに急速充電器を備えたEVが駆けつけ、ため込んだ電気を分け与える。
担当者は「ミイラ取りがミイラになりかねない仕組み」と笑う。
(こんな世の中も面白くていいじゃない!)
二つ目の記事。
トヨタが来年初めからリチウムイオン電池搭載車を量産する。
プリウスのミニバンで、3列シートで5~7人乗り。
リチウムイオン電池はニッケル水素電池に比べて、出力1.5倍(加速性能)、蓄電能力2倍。
コストは数十万円高いが、トヨタは現行同等に抑える。
(私の我慢ももう限界か。。。)
ちなみに、リチウムイオン電池は日本が生んだそうです。
旭化成が1985年に開発に成功し、91年にソニーが商品化した。
日本人ってすごいのであります。
トドメの三つ目。
『蓄電池も一家に一台の時代がやってくる』
太陽光発電を導入する家庭が増え、各家庭の蓄電池に使い切れない電気をたくさん溜めておける。
さらに、地域全体で電気を融通する「スマートグリッド」の実用化にも欠かせないインフラになる。
20××年、ある家庭の風景。。。
家庭の台所の壁に設けられたモニターに「蓄電池」というメニューがある。
今日は天気が良かったため、屋根に取り付けた太陽光発電は多くの電気を生み出し、庭に置いた蓄電池の表示は【満タン】を示していた。
エアコンの電気がまかなえる他、EVの充電にも使える。
これでも余るため、子供が3人いる隣の家に電気を【おすそ分けした】。
【おすそ分け】の町内って、いいと思いませんか?
こんな生活に憧れるなぁ~。。
2010年4月17日土曜日
California
住みたいなー。
シリコンバレーの朝は早い。
朝が早い最大の理由は時差だ。
金融の中心地、ニューヨークとの時差は3時間。
株式の立会取引が始まる朝9時30分は、シリコンバレーでは6時30分。
必然的に各種会合や会議の開始時間も早い。
日本なら昼食を食べながら、あるいは夜に飲みながらの会合や懇談会が、朝8時開催という例も少なくない。
勉強を重ね、人脈を広げ、アイデアを練るのが朝なので、シリコンバレーは記憶が新しいうちに動く。
有力ベンチャーキャピタルが投資先候補を呼んで話を聞くのも朝が多い。
朝の喫茶店はノートパソコンを開いて事業プランを説明する姿に出くわすことも多い。
半面、夜は早い。
午後4時を過ぎると帰宅を始める人もいる。
晩ご飯は家族と一緒に食べ、食後に出かける人も少なくない。
飲食店は夜9時過ぎには軒並み閉店だ。
早寝早起きで、仕事も遊びも全力投球のシリコンバレー。
ゴーストタウンのような深夜の街を歩くのは、時差の都合で夜中まで働く日本人くらいだとは言い過ぎか。
記事の抜粋です。
単に『早寝早起き』がいいだけですが、何か。
現地の会社じゃないと意味ないですがね。
こんな文化に浸りたいなー。
同じ人間とは思えません。
シリコンバレーの朝は早い。
朝が早い最大の理由は時差だ。
金融の中心地、ニューヨークとの時差は3時間。
株式の立会取引が始まる朝9時30分は、シリコンバレーでは6時30分。
必然的に各種会合や会議の開始時間も早い。
日本なら昼食を食べながら、あるいは夜に飲みながらの会合や懇談会が、朝8時開催という例も少なくない。
勉強を重ね、人脈を広げ、アイデアを練るのが朝なので、シリコンバレーは記憶が新しいうちに動く。
有力ベンチャーキャピタルが投資先候補を呼んで話を聞くのも朝が多い。
朝の喫茶店はノートパソコンを開いて事業プランを説明する姿に出くわすことも多い。
半面、夜は早い。
午後4時を過ぎると帰宅を始める人もいる。
晩ご飯は家族と一緒に食べ、食後に出かける人も少なくない。
飲食店は夜9時過ぎには軒並み閉店だ。
早寝早起きで、仕事も遊びも全力投球のシリコンバレー。
ゴーストタウンのような深夜の街を歩くのは、時差の都合で夜中まで働く日本人くらいだとは言い過ぎか。
記事の抜粋です。
単に『早寝早起き』がいいだけですが、何か。
現地の会社じゃないと意味ないですがね。
こんな文化に浸りたいなー。
同じ人間とは思えません。
ミッフィのマグ
ヒトの一生の中で「仕事」の部分が占める割合はどれくらいでしょうか。
全体を0歳から80歳くらいまでとしましょう。
大体20歳ぐらいまでは仕事をしていなくて、可愛がられる時代や、ヤンチャ時代、思春期、などなど。
想像するに20歳から60歳くらいまで仕事をする、けど家庭や私生活のこともあります。
さらに60歳から80歳は、。。。きっと仕事はしていないと思います。
(実は生き物はいつ死ぬか分からないという問題の方が重要かもしれません。)
一生の半分が仕事に関係している時間でしょうか。
仕事をしながら家庭・私生活もあるため、さらに半分と考えましょうか。
そうすると、四分の一。(20歳から60歳の時間をすべて仕事に回せば一生の半分になります)
えっ!今苦しんでいる仕事って、ヒトの人生のたった四分の一のことかぁ。。
この四分の一の重みをどう考えるかは人それぞれです。
もちろん「その四分の一も充実させたい」ですが、家庭・私生活の【四分の一】を無駄に捨てるのはMOTTAINAI。親からもらった命です。
そこで、なるべく均等に配分したいものです。
仕事も頑張るし、私生活も頑張ると。
一日24時間。6時間は睡眠。残り18時間。
会社の定時は9時間。
朝食や身支度、通勤時間、夕食、入浴、家事、無条件で5時間ぐらいは簡単に飛びそうです。
残業を2時間しただけで、『残り2時間』です。
ここに「育児、家族の時間」が入るのでしょうか。。
『読書』や『英語』の時間も入れたいなぁ。。
残業4時間や、TV、晩酌、は貴重な時間なんですね。。
仕事重視の人生の方が実は簡単??なんていう妄想も浮かんでしまいます。
私はたまたま読書が好きなので、仕事重視の時間配分は何とか避けたいです。
両立には仕事を短時間で終わらせるしかない。
そして、その貴重な時間で家庭・私生活を充実させなくちゃいけないことになってしまいます。
(もぅ、書いていて息が詰まってきました。。)
仕事の分はさておき、それ以外を充実させるにはどうしたらいいのでしょうか。
私は読書と人だと思っています。
そして読書は自分だけでもできますが、人から教わることは自分だけではできません。
また、人から教わることは読書より身になります。強烈に記憶に残るからだと思います。
先日、会社である人に仕事上、助けて頂きました。
私は今日、お礼を準備しようとワクワクしています。
何かお礼を贈りたくて仕方がない気持ちなのです。
何故、こんな気持ちになるのでしょうか。
きっと昔の出来事が関連しているのでは?と思っています。
ミッフィのマグを頂いたことがあります。
とっても嬉しかったので今でも脳に焼き付いています。
贈り物をするとこんなことになるのかと人から教わりました。
この教えで私の人生は変わりました。
ヒトの一生は、「仕事の部分」だけじゃないくて、『仕事以外の部分』も大切で、しかもそっちの時間の方が多い。
さらに、生き物はいつ死ぬか分からない。
たーくさんの人に助けてもらっているのに、全員に贈り物ができません。。。。。
やっぱり、いろいろ考えても答えは見つからないものなんですかね。
さぁ、今度は何を考えようかしら。
全体を0歳から80歳くらいまでとしましょう。
大体20歳ぐらいまでは仕事をしていなくて、可愛がられる時代や、ヤンチャ時代、思春期、などなど。
想像するに20歳から60歳くらいまで仕事をする、けど家庭や私生活のこともあります。
さらに60歳から80歳は、。。。きっと仕事はしていないと思います。
(実は生き物はいつ死ぬか分からないという問題の方が重要かもしれません。)
一生の半分が仕事に関係している時間でしょうか。
仕事をしながら家庭・私生活もあるため、さらに半分と考えましょうか。
そうすると、四分の一。(20歳から60歳の時間をすべて仕事に回せば一生の半分になります)
えっ!今苦しんでいる仕事って、ヒトの人生のたった四分の一のことかぁ。。
この四分の一の重みをどう考えるかは人それぞれです。
もちろん「その四分の一も充実させたい」ですが、家庭・私生活の【四分の一】を無駄に捨てるのはMOTTAINAI。親からもらった命です。
そこで、なるべく均等に配分したいものです。
仕事も頑張るし、私生活も頑張ると。
一日24時間。6時間は睡眠。残り18時間。
会社の定時は9時間。
朝食や身支度、通勤時間、夕食、入浴、家事、無条件で5時間ぐらいは簡単に飛びそうです。
残業を2時間しただけで、『残り2時間』です。
ここに「育児、家族の時間」が入るのでしょうか。。
『読書』や『英語』の時間も入れたいなぁ。。
残業4時間や、TV、晩酌、は貴重な時間なんですね。。
仕事重視の人生の方が実は簡単??なんていう妄想も浮かんでしまいます。
私はたまたま読書が好きなので、仕事重視の時間配分は何とか避けたいです。
両立には仕事を短時間で終わらせるしかない。
そして、その貴重な時間で家庭・私生活を充実させなくちゃいけないことになってしまいます。
(もぅ、書いていて息が詰まってきました。。)
仕事の分はさておき、それ以外を充実させるにはどうしたらいいのでしょうか。
私は読書と人だと思っています。
そして読書は自分だけでもできますが、人から教わることは自分だけではできません。
また、人から教わることは読書より身になります。強烈に記憶に残るからだと思います。
先日、会社である人に仕事上、助けて頂きました。
私は今日、お礼を準備しようとワクワクしています。
何かお礼を贈りたくて仕方がない気持ちなのです。
何故、こんな気持ちになるのでしょうか。
きっと昔の出来事が関連しているのでは?と思っています。
ミッフィのマグを頂いたことがあります。
とっても嬉しかったので今でも脳に焼き付いています。
贈り物をするとこんなことになるのかと人から教わりました。
この教えで私の人生は変わりました。
ヒトの一生は、「仕事の部分」だけじゃないくて、『仕事以外の部分』も大切で、しかもそっちの時間の方が多い。
さらに、生き物はいつ死ぬか分からない。
たーくさんの人に助けてもらっているのに、全員に贈り物ができません。。。。。
やっぱり、いろいろ考えても答えは見つからないものなんですかね。
さぁ、今度は何を考えようかしら。
2010年4月11日日曜日
何度も読み返すと何か起きるか
新聞で見かけた言葉をじっくり見てみます。
自信を失うな
だけどうぬぼれるな
謙虚であれ
しかし卑屈にはなるな
これだけだと記憶に残るか微妙なので、別の言葉を合体させてみます。
元マラソン選手の言葉です。
忙しい社会で皆が先を急ぐ気持ちもわかりますが、親御さんや先生には子供たちを『待ってあげる』気持ちを持って欲しい。
できないから『すぐダメ』とあきらめるのではなく『何がダメでできないのか』と表情を見ながら考えてあげる時間が新たな可能性を生む。
これは子供だけじゃなく、会社での教育にも言えると思いました。
いやいや、他人のことではなく自分のことにも言えるのではないでしょうか。
本当に慌しいこの社会、この毎日、この流れに逆らってゆっくり進もうと思います。
最近お気に入りの二人は、市川亀治郎と佐藤洋二郎です。
お二人の記事は連載なので、単発でビビッときてしまう記事や著者とはちょっと違います。
過去の記事の積み重ねがボディブローのように私を刺激してきます。
まずは歌舞伎俳優から。
歌舞伎俳優なのでハマらないと最初は思って目を通していました。
ビビッとくる言葉もこれまで特にありませんでした。
ただ、表現力が豊かで、職業柄か知識からか日本文化の勉強になる言葉がよく出てくるので、読んでいて非常に楽しいのです。
なので、「目を通す」から「ちょっと読み返してみる」へ移行することが多いです。
今回はボディブローが積み重なったのか、たまたま良いパンチをもらったのか、私はダウンしてしまいました。
タイトルは『独楽のススメ』でした。最初は何も感じませんでした。
ふと空を見上げ、その美しさにハッとすることがある。
と同時に、空を見上げる余裕さえない日々を送っている自分に愕然とする。
空はいつでもそこにあるのに。
この始めの三行は【完璧に】ハマりました。
三行すべてパーフェクトです。
果たして僕らは、彼らのように、風に季節を感じることができるのであろうか。
月の満ち欠けに、時節の移ろいを読み取ることができるのであろうか。
この二行も、「今、私が、興味を抱いていること」にピッタシな【空間】です。
生まれながらに人間が持っている五感。目で見て、耳で聴き、鼻でかいで、舌で味わい、身体で触れる。
これこそ、現代科学がどんな高度な技術をもってしても作り出せ得ない、超高性能なアンテナ。
僕らは自分の感覚をもっと信頼してもいいのではないか。
これを読んで本当に同感しました。
しかし今回の記事はどうしたことでしょう。これまでの記事でここまでハマったことはありませんでした。しかも、一部分ではなく最初から最後まで「キマクリ」です。
何事も本来の姿、あるがままに。
自然法爾(じねんほうに)
自己との対話
自己の客観視
その声はささやきに近い。
そのかすかな声を聴き取るには、世の中、余りにも雑音が氾濫している。
人間、時にはごう塵(じん)を離れ、静寂の中に一人座してみることも必要ではないだろうか。
なにも人跡稀な深山幽谷を遠くに求め、わざわざ籠ることもない。
俗世間に身を置きながらも、そのよう境地えられるのではないか。
ここも、何故今の私の気持ちにここまで一致するのかが奇妙でむしろ気味が悪いほどです。
そしてエンディングに進んでいくわけですが、本当に最初から最後までのめりこんだ記事でした。
どんなに多忙でも、極力、独りになる時間というものを作るように心掛けている。
それが、たとえ5分であっても構わない。
独りになることを恐れる人がいるが、独りでいることが孤独なのではない。
孤独とは、何もしないこと。
独りの時間を楽しむ大切さ。
【独楽】のススメ ←出たぁ~!!
誰にも邪魔をされない自分だけの時間を持っている人というのは、さながら回り続ける独楽(こま)のように、決してぶれることがない ←また出たぁ~!!!
最高のコラムでした。ありがとうございます。会ってみたいと憧れます。
次は佐藤洋二郎さん。
この方の言葉は以前にも書き留めたことがあります。
いつも掲載を楽しみにしていますが、今回は何とほぼ全文が心に止まりました。
機会があれば本も読んでみたいなぁと思いましたが、縁があれば目の前に現れると思いますのでその日が待ち遠しいです。
なぜ書くことを諦めなかったのかと思い巡らすときがあるが、それを『生きることの拠り所』にしていたからだろう。
『自分がどう生きていいか、まったくわからなくなっていた』から、小説を書くことに『すがっていた』のだ。
そのおかげでなんとか人生の道を外さずに生きてこられた。
そしてそこから学んだことは、結果が悪くなることよりも、迷って何もやらないことの方が最もよくないことだ思うようになった。
やる気があれば何とかなるし、やらなければ何も生み出さない。
失敗すれば知恵もつく。
ながい人生を生きるには、自分のしたいことをさせるのが最もいいはずなのだが、その芽を、親の不安や欲で断ち切ってしまう。
好きなことしか伸びないということも、いやなことをやればストレスが溜まることも、大人は知っているのに逆に子供達に押しつけてしまう。
勉強は勉強が好きな子が伸びるし、スポーツもスポーツ好きな子が伸びる。
それぞれの生き方をして、お互いを認め合えばいいのに現実はそうはなっていない。
人生はどれだけいい思い出をつくるかで心は豊かになってくる。
それは月並みな言い方だが、やる気を出して懸命に生きるしかない。
最後の方は「大人はちゃんと子供達に教えているのか」について書かれていますが、前記と同様に「会社での教育」にも「自分への戒め」にも言えることではないでしょうか。
次にサラリーマン冒険家の記事を書き留めます。
タイトルは【旅をして人に会おう】です。
私の脳が、ここまで書き留めてきたこととどのように関連付けるのか、もう少し読み返さないといけないかもしれません。
「自転車での世界一周って、意味あるんですか?」
大した意味はないかもしれない。でも・・・と続きます。
雪のちらつくアラスカを走っていると、ガスが出てきて見通しがきかなくなった。
日が暮れ始め、体も冷え切って限界を感じた時、道端に旅人用の無人キャビンを見つけた。
水もトイレもないが、ストーブに火を入れたときの幸福感は忘れられない。
宿帳を兼ねたノートにはオランダ人のサイクリストが
「このキャビンは人間を幸せにするのに、いかに少ない物でこと足りるか、ということを教えてくれた」
と書いていた。
豊かさとは何か。
「旅に出る前は、自分が持っていないものを手に入れていけば幸せになれると思っていた。
今は、持っているものに感謝する方が幸せに近いと考えるようになった」
アフリカの子供達に最近うれしかったことを聞くと、
「妹が笑ったこと」や「雨が降ったこと」と答える。
自分達の食べ物にも困るのに、初対面の相手を御馳走でもてなす心には驚く。
『要は気持ちの持ち方次第』
ここで、私の脳は前に書き留めた13歳の全財産と関連付けました。
我慢することを覚え、
気になることをまずやってみる。
本を読んで、
旅をして、
人に会いましょう、
と呼び掛けている。
伝えたいのは、【まず自分の物差しを大きくしましょう】ということ。
【大きな物差しを手に入れた後でしか、測れないことがあるから】
【旅をして人に会いましょう】
会うってことは、『話す』ってことでしょう。
思ったこと、感じたことを口に出してみます。
自信を失うな
だけどうぬぼれるな
謙虚であれ
しかし卑屈にはなるな
これだけだと記憶に残るか微妙なので、別の言葉を合体させてみます。
元マラソン選手の言葉です。
忙しい社会で皆が先を急ぐ気持ちもわかりますが、親御さんや先生には子供たちを『待ってあげる』気持ちを持って欲しい。
できないから『すぐダメ』とあきらめるのではなく『何がダメでできないのか』と表情を見ながら考えてあげる時間が新たな可能性を生む。
これは子供だけじゃなく、会社での教育にも言えると思いました。
いやいや、他人のことではなく自分のことにも言えるのではないでしょうか。
本当に慌しいこの社会、この毎日、この流れに逆らってゆっくり進もうと思います。
最近お気に入りの二人は、市川亀治郎と佐藤洋二郎です。
お二人の記事は連載なので、単発でビビッときてしまう記事や著者とはちょっと違います。
過去の記事の積み重ねがボディブローのように私を刺激してきます。
まずは歌舞伎俳優から。
歌舞伎俳優なのでハマらないと最初は思って目を通していました。
ビビッとくる言葉もこれまで特にありませんでした。
ただ、表現力が豊かで、職業柄か知識からか日本文化の勉強になる言葉がよく出てくるので、読んでいて非常に楽しいのです。
なので、「目を通す」から「ちょっと読み返してみる」へ移行することが多いです。
今回はボディブローが積み重なったのか、たまたま良いパンチをもらったのか、私はダウンしてしまいました。
タイトルは『独楽のススメ』でした。最初は何も感じませんでした。
ふと空を見上げ、その美しさにハッとすることがある。
と同時に、空を見上げる余裕さえない日々を送っている自分に愕然とする。
空はいつでもそこにあるのに。
この始めの三行は【完璧に】ハマりました。
三行すべてパーフェクトです。
果たして僕らは、彼らのように、風に季節を感じることができるのであろうか。
月の満ち欠けに、時節の移ろいを読み取ることができるのであろうか。
この二行も、「今、私が、興味を抱いていること」にピッタシな【空間】です。
生まれながらに人間が持っている五感。目で見て、耳で聴き、鼻でかいで、舌で味わい、身体で触れる。
これこそ、現代科学がどんな高度な技術をもってしても作り出せ得ない、超高性能なアンテナ。
僕らは自分の感覚をもっと信頼してもいいのではないか。
これを読んで本当に同感しました。
しかし今回の記事はどうしたことでしょう。これまでの記事でここまでハマったことはありませんでした。しかも、一部分ではなく最初から最後まで「キマクリ」です。
何事も本来の姿、あるがままに。
自然法爾(じねんほうに)
自己との対話
自己の客観視
その声はささやきに近い。
そのかすかな声を聴き取るには、世の中、余りにも雑音が氾濫している。
人間、時にはごう塵(じん)を離れ、静寂の中に一人座してみることも必要ではないだろうか。
なにも人跡稀な深山幽谷を遠くに求め、わざわざ籠ることもない。
俗世間に身を置きながらも、そのよう境地えられるのではないか。
ここも、何故今の私の気持ちにここまで一致するのかが奇妙でむしろ気味が悪いほどです。
そしてエンディングに進んでいくわけですが、本当に最初から最後までのめりこんだ記事でした。
どんなに多忙でも、極力、独りになる時間というものを作るように心掛けている。
それが、たとえ5分であっても構わない。
独りになることを恐れる人がいるが、独りでいることが孤独なのではない。
孤独とは、何もしないこと。
独りの時間を楽しむ大切さ。
【独楽】のススメ ←出たぁ~!!
誰にも邪魔をされない自分だけの時間を持っている人というのは、さながら回り続ける独楽(こま)のように、決してぶれることがない ←また出たぁ~!!!
最高のコラムでした。ありがとうございます。会ってみたいと憧れます。
次は佐藤洋二郎さん。
この方の言葉は以前にも書き留めたことがあります。
いつも掲載を楽しみにしていますが、今回は何とほぼ全文が心に止まりました。
機会があれば本も読んでみたいなぁと思いましたが、縁があれば目の前に現れると思いますのでその日が待ち遠しいです。
なぜ書くことを諦めなかったのかと思い巡らすときがあるが、それを『生きることの拠り所』にしていたからだろう。
『自分がどう生きていいか、まったくわからなくなっていた』から、小説を書くことに『すがっていた』のだ。
そのおかげでなんとか人生の道を外さずに生きてこられた。
そしてそこから学んだことは、結果が悪くなることよりも、迷って何もやらないことの方が最もよくないことだ思うようになった。
やる気があれば何とかなるし、やらなければ何も生み出さない。
失敗すれば知恵もつく。
ながい人生を生きるには、自分のしたいことをさせるのが最もいいはずなのだが、その芽を、親の不安や欲で断ち切ってしまう。
好きなことしか伸びないということも、いやなことをやればストレスが溜まることも、大人は知っているのに逆に子供達に押しつけてしまう。
勉強は勉強が好きな子が伸びるし、スポーツもスポーツ好きな子が伸びる。
それぞれの生き方をして、お互いを認め合えばいいのに現実はそうはなっていない。
人生はどれだけいい思い出をつくるかで心は豊かになってくる。
それは月並みな言い方だが、やる気を出して懸命に生きるしかない。
最後の方は「大人はちゃんと子供達に教えているのか」について書かれていますが、前記と同様に「会社での教育」にも「自分への戒め」にも言えることではないでしょうか。
次にサラリーマン冒険家の記事を書き留めます。
タイトルは【旅をして人に会おう】です。
私の脳が、ここまで書き留めてきたこととどのように関連付けるのか、もう少し読み返さないといけないかもしれません。
「自転車での世界一周って、意味あるんですか?」
大した意味はないかもしれない。でも・・・と続きます。
雪のちらつくアラスカを走っていると、ガスが出てきて見通しがきかなくなった。
日が暮れ始め、体も冷え切って限界を感じた時、道端に旅人用の無人キャビンを見つけた。
水もトイレもないが、ストーブに火を入れたときの幸福感は忘れられない。
宿帳を兼ねたノートにはオランダ人のサイクリストが
「このキャビンは人間を幸せにするのに、いかに少ない物でこと足りるか、ということを教えてくれた」
と書いていた。
豊かさとは何か。
「旅に出る前は、自分が持っていないものを手に入れていけば幸せになれると思っていた。
今は、持っているものに感謝する方が幸せに近いと考えるようになった」
アフリカの子供達に最近うれしかったことを聞くと、
「妹が笑ったこと」や「雨が降ったこと」と答える。
自分達の食べ物にも困るのに、初対面の相手を御馳走でもてなす心には驚く。
『要は気持ちの持ち方次第』
ここで、私の脳は前に書き留めた13歳の全財産と関連付けました。
我慢することを覚え、
気になることをまずやってみる。
本を読んで、
旅をして、
人に会いましょう、
と呼び掛けている。
伝えたいのは、【まず自分の物差しを大きくしましょう】ということ。
【大きな物差しを手に入れた後でしか、測れないことがあるから】
【旅をして人に会いましょう】
会うってことは、『話す』ってことでしょう。
思ったこと、感じたことを口に出してみます。
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